46歳で退職してブロガーになってみた

働けおっさんブロガー

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義母の考え方のハナシ

昨日、このような記事を書きました。

www.maskednishioka.com

義父を家族葬で見送ったものの、自分の場合はどうするか?というような内容です。

 

で、この記事に対して以下のコメントを頂きました。

家族葬は香典集まらないよ、

ももはな (id:however-down)

ももはなさん。いつもありがとうございます。

 

当たり前ですが、家族葬には(基本的に)誰も来ませんので、香典も集まりません。

一般葬にして香典が集まれば、葬儀にかかる費用を軽減(もしくはチャラに)出来るのですが、それでも家族葬を選びました。

その選択肢を二つ返事で決めたのは、喪主である義母の希望です。

そして、義母が家族葬を選んだのには理由というか、義母なりの考え方があります。

 

義母はとにかく「借りを作ること」を避けたいと思っています。

相手が家族や身内であっても、借りを作ることを嫌がります。

絶対に、モノや気持ちをもらいっぱなしに出来ない人です。

 

かといって人が嫌いなわけでも、人が集まることも嫌いなわけではありません。

義父が永眠したあと、生前見舞いに来てくれていた孫の彼女が母親と来たときも、豪華な花をプレゼントしてくれた代わりに、何かないかと冷蔵庫を漁り、孫が食べようとしていたステーキ肉(×3枚)を押し付けて帰らせました。

そしてそのことを本当に喜び、そのあと繰り返し何度も話していましたので、孫の嫁さん候補が来てくれたことも、豪華な花をもらったことも、嬉しかったのでしょう。

 

そんな義母が家族葬を選んだのは、自身の脚が不自由になっており、誰かに葬儀に来てもらっても、来てもらった方の葬儀に出向くことが出来ないと判断しているようです。

もちろん自分たちがサポートするつもりなのですが、それをも「借りを作りたくない」と考える人なので、とりつくしまもありません。

「義理の息子」という距離感でいる自分には、「何もそこまでしなくても・・・」と思わなくもないのですが、「実の娘」として付き合ってきた嫁さんにとっては、「それがお母ちゃん」と受け止めているようです。

 

で、自分としては、この義母の考え方が嫌いじゃありません。

「人間、持ちつ持たれつで生きていくもの」という考え方があるのはわかっていますが、それでも「借りを作りたくない」という考え方には、賛同できます。

ただ、義母ほど徹底することは出来ないかもしれませんが・・・

 

というわけで最初の話に戻りますと、家族葬の場合は香典が集まりません。

ただ、そのぶん返礼品や食事の用意は必要ありませんし、気を使う必要もありません。

それをどう捉えるかは個人の考え方ですので、どっちがいいか?はわかりませんが、自分としては、家族葬の方が「借りを作らないで済む」とは思えそうです。

ただ、前回も書いたように「最期のお別れをしなくていいのか?」というような考え方が捨てきれるわけでもないので、一般葬を完全否定したわけでもありません。

なので、もう少し考える時間が必要葬です。

 

でわ、股!!