子どものころ、花火の燃えカスを触って火傷したことがあります。
赤く光った花火の燃えカスが道路の上に転がっていて、それにパンチをして火傷しました。
たぶん「空手の達人は焼かれた小石に突きを放っても動きが早いから火傷しない」みたいなことが頭の片隅にあり、それでパンチをしてみたら、見事に火傷しました。
といっても、その燃えカスは米粒くらいの大きさですから大した火傷ではないのですが、アレから40年間経っても火傷のあとは残っていて、その熱さと痛みの記憶も残っています。
それから大人になって、家庭を持って、台所に立つことがあります。
その台所で火を使って料理をするのですが、「もしそれで火事になったら・・・」と考えたら、怖くなります。
フライパンに多めの油を入れて冷凍のフライを揚げるだけで料理といえるかどうかはわかりませんが、その油に火が付いて、炎が上がったらどうすればいいのだろう?と考えると、怖いです。
もちろん、マンションの廊下に設置されている消火器を取りに行くことや、119番に通報すること、そしてお隣さんに伝えることなどは思い浮かぶのですが、果たしてそれらを冷静に行えるのか?きっとパニックになって恐怖で動けなるのでは?とも考えてしまいます。
大人になっていろいろ経験してきて、「熱い」のは「怖い」と思うようになりました。
子どものころは(純粋な意味で)火遊びもしていましたが、いまでは怖いから、火を扱うのも嫌になりました。
もちろん「苦しい」や「痛い」のも怖いですが、「熱い」はその両方も兼ね備えるので、最高に怖いです。
「けいおん!」というアニメがあることは知っているけれど、ちゃんと観たことはなく、京都に六地蔵という駅があることは知っていたけれど、そこにアニメの会社があることも知りませんので、完全に他人というレベルです。
そして、自分が経験した米粒大の火傷や、想像できる台所の火事とは、全くかけ離れたレベルです。
しかし、そんな他人でも、規模が全然違うレベルであっても、多くの方が炎にまかれ、命を奪われたことに対して、ひたすら怖いと感じると同時に、火を付けた人を許せません。
残念ながら「怖い」と感じるだけで特に何もできませんが、ただひたすらにご冥福を祈ることと、もう二度と同じようなことが起きないことを祈るだけです。
でわ、股!!