46歳で退職してブロガーになってみた

働けおっさんブロガー

26年勤めた仕事を無計画に辞めたおっさんの生き様を綴る

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足が届かないようにして無理やり泳がせようって・・・おかしくない?のハナシ

30年ほど、スイミングスクールで子どもに水泳を教えるコーチの仕事をしています。

19歳でアルバイトから始めて、そのまま社員となって現場責任者を務めるまでになりましたが、いろいろあって会社を辞めて、今はフリーで週に2回だけコーチしています。

で、それだけ長くやっていると、始めたばかりのころに先輩やら上司から教わったこと、特に指導方法に、疑問を持つようになります。

今回書かせてもらうのは、そんな疑問のひとつです。

 

 

プールの水深と子どもの身長と台

日本全国にスイミングスクールと名のつく施設はたくさんあって、その全てが同じではないですが、目的の中に「子どもに水泳を教える」というのがあれば、そのプールの水深は、1.1~1.4mくらいでしょう。

で、スイミングスクールに通う子どもにも差があって、だいたいが2歳(1.5~3歳くらい)からひとりでプールに入るようになって、選手クラスも加えれば大学生までが、その範囲となるでしょう。

当然ながら2歳の子どもが水深1.1mのプールで足が届くはずもなく、そこに台を入れて立てるようにしますが、この台の高さにも幅やがありますが、だいたいは40cmとなっているはずです。

(これらに数字に関しては例外もあり、あくまでも筆者の経験で書いています)

相変わらず雑で下手な絵で申し訳ないのですが、下図がそれを図にしたもので、左が2歳児で、中央が小学校低学年、右が高校生や大学生といった感じです。(サイズ感は正確ではないので、あしからず)

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足が届かないと泳ぐしかないという考え方

でね、当たり前ですが、足が届く子どもは、泳いでいる途中で「ダメだ!」と思ったら立てます。

そりゃあ呼吸が上手くいかなかったり、アクシデントで水を飲んだりして息が吸えなくなったらパニックになりますから、これが大人でも立つでしょう。

もちろんそうならないように練習するのですが、最初から出来る子どもはほとんどいなくて、何度もチャレンジと失敗を繰り返しながら上手くなっていきます。

そして、そこには「ダメだったら立ってもいいよ」という安心感があるから、どんどんチャレンジできるのです。

 

さて、問題は足の届かないチビッ子の場合です。

もちろん、さきほどの図で示したように台を置いて、足が届く状態にしてしまうことで、足が届く子どもと条件が同じになるのですが、この台は移動できますし、数に限りもあります。

そして、コーチの中にはこう考えている人もいます。

「足が届かないと泳ぐしかない」

これは、本来は台を敷き詰めていつでも足が届く環境を作れるのに、それを、わざと台が無い状態を作り、A地点からB地点に行くには泳ぐしかない、という環境を作ることで泳がせようとする考え方です。

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こうすることで泳げるようになるかどうかはちょっと置いておいて、実際に、自分がコーチの仕事を始めたころは、こういう考え方がわりと普通でした。

なので、それを教わった自分もこういうことをやっていたのですが、あるときから「?」と思うようになり、そこにタイミングよく「それは違うよ」と教えてくれる人が現れて、それから「この考え方は違う!」と確信を持つようになり、「じゃあどうすればいいか・・・」と考えるようになります。

ちなみに、上図の「穴」とは、コーチ間でいう専門用語みたいなもので、セッティング(台の置き方)を説明するときに使う言葉となります。

 

じゃあ、水深2mのプールにしろや!

で、しばらく考えて、ひとつの答えに辿り着きます。

「じゃあ足が届く子どもを泳がせるのに、水深2mのプールにしろや!」と。

つまり、足の届かない子どもを泳がせるために穴をあけて無理やり泳がせるなら、もともと足は届くけれど泳げない子どもを泳がせるときに、わざと足が届かない水深2mくらいのプールにする(稼動床という、とんでもなくお金のかかるシステムなら可能)なら、「足が届かないと泳ぐしかない」という考え方に筋が通っていると思うようになりました。

もちろん無茶苦茶な理論ですし、どこからでも論破されそうな気もしますが、子どもの気持ちになって考えると「なんで私たちだけ・・・」と思うでしょうし、それに、自分が今までやって来た過ちに対する罪滅ぼしの気持ちも言葉に含まれております。

 

平均台に例えてみても・・・

例えば、いろんな高さの平均台があったとします。

左は落ちても平気な高さで、真ん中は落ちても大丈夫だけで、ちょっと怖い高さ、そして右は落ちたら確実に死ぬくらい、言うなればカイジに出てくるアレみたいなものですね。

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これを先ほどの考え方に照らし合わせると、「足が届かないと泳ぐしかない」という考え方は、右の「落ちたら死ぬ高さ」の平均台を、経験の浅い人間に渡らせることと同等なのです。

「死ぬとは大袈裟な・・・」と思われる方がおられるかもしれませんが、プールで溺れることは死と直結しますので、決して大げさではありません。

で、そんなことアナタはやりたいですか?

そう考えると、やっぱりおかしいのです。

 

台の有無

最初の方にチョロっと書きましたが、子どもの人数と台の数が合わない場合があります。

みなさんが通っていた、もしくは子どもを通わせている、さらには自身が働いておられるスイミングスクールにある台は、実は結構な値段のするシロモノで、1本5~7万円くらいします。

なので、お金に余裕のある、そして置くスペースに余裕のあるスイミングスクールにはたくさん台があって、ほぼ希望通りに台を使うことが出来るのですが、そうではない場合、子どもの数は少ない場合などは、数に限りがございます。

なので、好きで穴をあけているわけではなく、使える台の数に限りがあるから仕方なくやっている場合もありますので、ここまで読んでくださった同業者の方には申し訳ない気持ちで一杯ですが、しかし、こういうことはありませんかね?

 

台の移動は面倒臭い

スイミングスクールによって、扱っている台の形状には違いがあります。

業界内では「赤台」と「銀台」と呼ばれる2種類がメジャーで、最近は赤台の方が増えているような気がします。(あくまでも筆者の感覚)

ちなみに、上が「赤台」で、下が「銀台」です。

【受注生産品】 トーエイライト プールフロアN1(4脚) B-3377

エバニュー プールデッキNPD-500 EHC392

で、この台を、子どもの来る時間の前に、プールサイドから運んでプールに入れて並べるセッティング、子どもの時間が終わったら台をプールから上げてプールサイドを移動させるオフティングというのが、結構大変なのです。

たぶん、コーチの仕事をよく知らずに始めた人は、こんな重労働が毎回行われているとは思わなくて、これが嫌で辞める人がいてもおかしくないくらい、大変です。

 

そして、このセッティングやオフティングの大変さを知っているコーチは、どうせなら少ない台の数でレッスンをする方が楽だと考えるわけです。

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前述した図を見てもわかるように、台を敷き詰めた場合は6本の台が必要ですが、穴を空けた場合は4本で済みます。

つまり、本音は「台を動かすのが面倒臭い・・・」なのに、それを「泳がせるために」という考え方にすり替えて、それで穴をあけることを正当化しているのでは?みたいなことも思うのです。

 

あと、これはあくまでも持論ですが、例えば台を4本でセッティングしていて、子どもが泳げなくて無理だと判断して、後から台を入れるというのは、ハッキリ言って、コーチとして下手くそです。

そう言い切る理由はいくつかありますが、これまで書いたような理由も含め、事前予測と準備が出来ていないことと、水泳指導に対して「たぶん大丈夫」という過信があり、もっと言えば「オマエ、舐めているやろ?」と言われても仕方がありません。

もちろん様々な事情はあるでしょうし、突然状況が変わることもあるのは承知の上ですが、水泳指導に死はつきものと考えた場合、想定外は許されないのです。

なので、これをお読みのアナタが子どもをスイミングスクールに通わせていて、担当コーチがレッスンの途中で台を追加するようなことがあれば、そのコーチの指導能力は大したことが無いと思ってもらってもいいでしょう。

 

「立つ子どもがいるから・・・」という考え方に、イラッ!

で、以前、この考え方を持つコーチと話したことがありました。

そのコーチが担当するクラスには、以前自分が担当していた子どもがいて、その子どもが毎回泣いてくるようになり、その理由を横から見ていて、「泳ぐのが怖くなっている」と判断していました。

なのでそのコーチに、あくまでもアドバイスとして「台に余裕があるのだから、もっと台を使えば?」と伝えました。

すると、そのコーチから返ってきた言葉がこれです。

「そうすると立つ子どもがいるので、それで台を少なくしているのですが・・・」

本当のところはわかりませんが、たぶん、そのコーチは「足が届かないと泳ぐしかない」という考え方しか教わっておらず、そうすることで子どもが上手くなると信じている、ある意味昔の自分を見るようでしたが、ごめんなさい、イラッ!としてしまいました。

これまで、そのコーチに怒りの感情をあらわにすることなんて一度もなかったのですが、そのときだけは怒りに満ちた表情で、前述した理屈を持ち出して、「アナタがやっていることは、落ちたら死ぬ高さの平均台を渡らせているのと同じなんです!」と伝えましたが、それがどこまで伝わったかは・・・わかりません。

 

残念ながらこの考え方のコーチは少なくない

スイミングスクールに限らず、どの業界でも人手不足だけど人件費を上げられない、という状況と聞きます。

そこで、より安い人件費でより多くの人間を雇おうとすると、経験のない人間を集めてなんとか仕事ができるように仕立て上げるのが、手っ取り早い方法となります。

その結果、経験の浅いスタッフが増えることは仕方がないのですが、ちゃんとした考え方を学ばせていないのは、ちょっとどうかと思います。

その考え方を知っていても出来ないことはありますが、知らなかったら出来るはずもありません。

自分の場合も気付かせてくれる人間が出現したから考え方が変わりましたが、その人と出会わなかったら、今でもそう思っているかもしれません。

何が言いたいかというと、残念ながら、今のスイミングスクール業界で、この「足が届かないと泳ぐしかない」という考え方をしているコーチは、結構いると思います。

もちろん、長年やっているといっても関西の一部でしか仕事をしていませんし、全国のスイミングスクールの指導内容を把握しているわけでもございません。

ただ、少なくとも、そういう考え方をしているコーチが実在していることと、そうじゃない考え方をしている自分がいることは、間違いありません。

 

同じ釜の飯を食った人に聞いてみた

先日、数年ぶりに再会した、同じ釜の飯を食った、つまり昔同じ会社で働いていた元同僚に、この話をしてみました。

「オマエなら、こういうときどうする?」

その質問に対し、どんな答えが返ってくるかはわかりませんでしたが、その答えを聞いてホッとしました。

「台を敷き詰めるセッティングでレッスンを始める」

どうやら、少なくとも2人はその考え方のコーチがいて、安心しました。

 

最後に

ここまでお読み頂き、ありがとうございます。

もう少しで終わりますので、もう少しお付き合いください。

さて、一般の方はご存知ないかもしれませんが、スイミングスクールでコーチとして働くのに、特別な資格は必要ありません。

なので、よほどヘンな人でない限り、スイミングスクールの面接を受けて落とされない限り、コーチにはなれます。

そして、誰でもなれるコーチになった人が、ひとりでクラスを担当するようになると、「俺は一人前だ!」と勘違いします。

勘違いしたコーチは、お客さんに指示されているとさらに勘違いして、鼻が伸びます。

その鼻を、先輩コーチや上司が折らないといけないのです。

もちろん、折ればコーチを辞めるかもしれません。

それでも、やっぱり折らないとわからないのです。

自分は会社勤めを辞めて、フリーの立場でコーチをしているので、若いスタッフの鼻を折る権利はありません。

ただ、ハッキリと違いがわかるくらいの力量の差を見せつけ(普通にレッスンしているだけですけどね・・・)、向こうの方から教えを請う関係になってからは、聞いてくる相手にだけはアドバイスとして、ここまで書いてきたようなことを話し、その鼻を優しく折っています。

そのことが、誰にでもなれて 、勘違いしやすくて、鼻が伸びやすい、コーチという仕事の価値を高めるひとつの方法だと、信じております。

 

ま、フリーという立場なんで、あんまり調子に乗っていると、こっちのクビが切られるかもしれないですけどね・・・。

 

でわ、股!!