とある師匠がこう言っておられました。『腐らない記事を書くべきだ』
ふむふむ。わかってはいるんですが難しいのです。
もうひとりの偉人がこう仰られました。『永久機関化を目指すべきだ』
ふむふむ。わかってはいるんですが難しいのです。
理解は出来ます
『腐らない記事』とは?
- 新鮮な野菜の正しい保存方法とか
- 魚に切り身のドリップ(旨み)を出さない方法とか
- ハンバーガーが10年以上腐らない話とか
- 46歳で退職したおっさんが意外と腐らずにブログ書いてるとか
そうじゃないのはわかっています。そうじゃなくて、息の長い記事、いつまでも読んでもらえる記事というようなことだと理解しています。大丈夫ですよね?
『永久機関』とは?
- アントン・ハイセルが目指したもの
かつてアントニオ猪木が目指したサトウキビのカスを原料にしてエネルギーを作り出そうとして大失敗したアレ、ではありません。つまり記事を更新しなくてもアクセス数が下がらないブログを作り上げることです。たぶん。
腐らない記事という呪縛
これを書いたら終わりのような気もしますが、結局、腐らない記事を書くことの意味は理解できましたが、どうすれば腐らない記事になるかが難しいなと。そして、記事を書くための題材選びがさらに難しいような気がしています。つまり腐らない記事の呪縛がかかってしまっているように思います。勝手に。
良記事と腐らない記事のW呪縛
記事をたくさん書けば今まで開かなかった扉が開いてきているようには感じています。もうホントにわずかではありますけど。しかし、そうなればなるほど良記事を書かねば!という呪縛と腐らない記事の呪縛がWで襲ってきます。
良記事の呪縛からは逃げる方法をつかんだ
あくまでも自分の場合なんですが、てきとーに書いた記事と気合入れて書いた記事と両方の反応を見て、あぁこんなものかと呪縛からは解き放たれました。
てきとーに書いた記事なのに結構な反応を得ている記事
それに気をよくして気合入れて書いたのに散々な反応の記事
自分の思う良記事の反応を見れば、自分の感覚を疑ってかからないといけないので、意外とてきとーに書いたものの方が良いのかも?と思うことで良記事の呪縛は解けました。しかし、この2つの記事が今後どういう反応を起こすかは誰にもわからないわけで、これが腐らない記事の呪縛だと言えるのではないでしょうか。
腐らない記事とリライトの関係
リライトをすれば記事の賞味期限といいますか新鮮さを保つことが出来るかもしれないと思っております。が、なんだかリライトに消極的でして、その理由は記事のタイトルにありまして、タイトルが悪いとやっぱり見てくれないな~と思いまして、ついリライトには消極的で、今は記事数を多くすることに集中しております。
しかし、記事をバンバン増やしていこうと思った矢先に、腐らない記事の呪縛がやって来たもんでバンバン増やせない状態になっているのです。自分で勝手に思っているだけですけれど・・・。
腐らない記事と永久機関化という考え方
自分の中ではこの2つが同じモノのように見えていますがどうでしょうか?多少の違いと異論もあると思いますが、腐らない記事を書くことは永久機関化になるのではないかと思ったりしています。でも違うかも。自信なし。
そりゃブログは自由なものですからなに書いても許され・・・ないんですよね。メェ~。もとい、はてなのルールを守っていればその中では好きなことを書いても許されるはずです。毎回腐らない記事や永久機関化を目指していたら息苦しくなってしまいますので、たまには気楽に書いても許してもらえるでしょう。
この間なんて、那覇の読者に向けて記事を書いたら、それを読んだであろう那覇在住の方がリツイートしてくださったりして、あぁブログってやっぱり面白いな。と純粋に思いました。
今後も諦めないで腐らない記事と永久機関化を目指します
もしかしたら腐らない記事とは読者の反応が遅くて時間が経ったら爆発する・・・まるで時限爆弾のような記事かも!よぉし!それなら気にせずに書いていこう!
と、能天気なおっさんでした。
でわ、股!!